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【金融知識】 赤字国債の歴史と無制限発行のカラクリ (その1)

 

日本の財政は今日、歳入の半分近くを国債の借り入れによって賄っています。そして、国債発行の増大による国債の利払い費用の増加、高齢化による社会保障費の増大をはじめとする一般歳出の増加による財政膨張と少子化による税収不足により、不足した分の財政資金を赤字国債発行で無制限に調達する構図となっています。

 

だが、本来は財政法第4条によって赤字国債の発行は禁止されています。今回は、なぜ本来できないはずの赤字国債の無制限発行が続いているのかを見ていきたいと思います。

 

さっきの財政法第4条では「公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」と規定されており、この規定に基づいて、建設国債が発行できます。

 

高速道路や箱物は建設される公共施設は後世にも残って国民が利用できる場合、経費について建設国債として発行できます。一方、一時的に赤字を補填するだけで国民に対して後世に残らない経費に対しては国債は発行できないとされています。

 

そのため赤字国債は、財政法4条の例外として1年限りの特例公債法を毎年制定することによって発行しています。(2012年度法案は特別に2015年までの3年間認めています)ちなみに、特例公債法は1994年から2012年まで赤字国債を発行するために毎年制定され続けています。

 

赤字国債の歴史を振り返ってみると、初めて赤字国債が発行されたのは、1965年の補正予算でこのときに特例国債法が初めて制定されました。その後は発行されなかったのですが、日本各地に高速道路をバンバン作っていた昭和50年度(1975年)から毎年のように発行され始めます。

 

そして、昭和55年度(1980年)には7兆3150億円の赤字国債が発行され、国債依存度は32.6%となりました。しかし、昭和55年度をピークに、赤字国債発行額は減少していきます。赤字国債依存体制脱却が財政目標となり平成3年度(1991)から平成5年度(1993)までは赤字国債の発行はゼロとなり、赤字国債依存体制から脱却することができました。

 

ところがその翌年の平成6年度(1994)から減税特例公債という名前で赤字国債の再発
行が開始され、平成10年度(1998)からは現在の赤字国債の無制限発行体制へ移行してしまいました。

 

そして、平成10年度の赤字国債は当初予算で7兆1000億円であったが,補正後では16兆9500億円となり、国債依存度は当初の20%から40.3%へと倍増しました。ここから平成10年度以降今日に至るまで、不足する財政資金は無制限に赤字国債で調達された結果、政府債務残高は短期間のうちに急速に膨張していき2009年には国債依存度は50.9%まで膨れ上がりました。

 

本来財政法第4条は赤字国債の発行を禁止し「国の歳出は,公債又は借入金以外の歳入を以て,その財源としなければならない」と定めています。にもかかわらず、なぜ赤字国債の無制限発行が続いているのかというと、

 

全ての始まりは昭和50年11月7日の臨時国会で決定された特例公債法による赤字国債から始まります。昭和50年、臨時国会で補正予算が成立しましたが,税収不足が2兆9,000億円となり、酒・タバコ関係法・郵便料金値上法等が難航したことにより、赤字国債の発行が不可避となりました。そして、赤字国債発行は両院大蔵委員会で強行採決という非常手段によって決定されました。

 

ですが、上でも述べた通り、財政法第4条で赤字国債の発行は禁止されています。(なぜかというと、赤字国債を無制限に発行すれば債務危機につながるからです。そして、今日本の財政は赤字国債の無制限発行により、先人が懸念したまさにその状況に陥っているのです。)そこで財政制度審議会は「昭和50年度補正予算の編成及び特例公債法案についての報告」を提出し、財政法第4条に対する特例として赤字国債が発行されることになりました。

 

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